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津地方裁判所 昭和28年(行)7号 判決

原告 小菅作四郎

被告 三重県知事 外一名

主文

原告の被告三重県知事に対する訴を却下する。

原告の被告佐野米蔵に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は訴の当初において請求の趣旨として、

一、別紙目録記載の物件は原告の所有であることを確認する。

二、被告三重県知事は同被告が昭和二十四年七月二日付自作農創設特別措置法第三条及び第十五条第一項の規定により三重を栗真第六号を以つて被告佐野米蔵から買収した買収令書及び同日付同法条の規定により原告に売渡した売渡通知書に各記載の物件の表示が河芸郡栗真村大字小川字西浦千五百五十九番宅地七十坪及び右地上建物三棟拾五坪六合とあるを何れも別紙目録記載のとおり更正の上、右買収にもとづき河芸郡栗真村大字小川字西浦千五百五十九番、宅地九十九坪から右目録第一項記載の土地を、同所千五百八十二番の一宅地百五十一坪から右目録第二項記載の土地を各分割の手続及び右目録第三項記載の建物につき保存登記手続をなし、以つて原告に対し別紙目録記載の物件につき前記売渡を原因とする所有権移転登記手続をなせ。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決を求め、昭和三十一年二月八日の本件口頭弁論期日において被告佐野米蔵に対する請求を拡張し、同被告に対しては右判決の外

一、被告佐野米蔵は原告のために三重県津市栗真小川千五百五十九番宅地九十九坪及び同所千五百八十二番の一宅地百五十一坪から別紙目録一及び二記載の土地の分割登記手続をなせ。

二、被告佐野米蔵は別紙目録三記載の物件につき、同被告が津地方法務局一身田出張所になしたる家屋台帳の登録に津市栗真小川千五百八十二番の一家屋番号九十一番雑種家屋床面積十五坪二合五勺、所有者佐野米蔵、家屋明細木造瓦葺平家建床面積十坪、同上五坪二合五勺とあるのを右目録三記載のとおり地番及び建物の表示更正の申告をなしたる上これが所有権保存登記手続をなせ。

との判決を求める旨申立て、その請求の原因として、

訴外元三重県河芸郡栗真村農地委員会(現在津市栗真農業委員会、以下同じ)は昭和二十四年二月十五日付で別紙目録一ないし三記載の物件を自作農創設特別措置法第三条及び第十五条第一項により国が被告佐野米蔵から買収しこれを原告に売渡す旨の計画をたて、被告三重県知事は国の機関として右計画に基き訴外三重県農地委員会(現在三重県農業委員会、以下同じ)の承認を得て同年七月二日付買収(買収令書三重をNo.7)及び売渡(売渡通知書三重12、No.栗真7)処分をなし、原告は同日右売渡通知書の交付を受け且つ対価金二千三百八十八円を支払い、以つて本件物件の所有権を取得し現在に至つた。ところがたまたま右買収売渡計画書、買収令書及び売渡通知書記載の物件の表示が、河芸郡栗真村大字小川(現在津市栗真小川、以下同じ)字西浦千五百五十九番宅地七十坪及び同地上建物三棟建坪十五坪六合になつていたが、それは明らかに別紙目録一ないし三記載の土地建物の誤記であつて、右買収売渡の対象となつたものが別紙目録一ないし三の土地建物であることは、買収売渡当事者間において等しく認めているところであり、且つ計画樹立、買収売渡処分の経過、計画書等に添付されている図面、現場の状況に照し何等疑の余地がない。

しかるに被告等及び訴外三重県農業委員会は右買収売渡処分の効果が法律上確定してから既に二年有余を経過した昭和二十六年七月十四日になつて買収令書及び売渡通知書等に記載の物件の表示が、前記のごとく公簿上の記載と若干符合せず又は特定しておらないことを口実にして、買収売渡処分の効力を否認し、ひいては原告の所有権を否認する態度に出で、原告の求める所有権移転登記手続を履行しようとしないが、右程度の誤記又は表示上の瑕疵、不特定は未だ以つて本件買収売渡処分の無効又は取消の原因にはならない。然るに三重県農業委員会は前記のごとく既に確定してもはや取消すことのできなくなつた右買収売渡計画を、しかも訴の方法によることなく、恣に昭和二十六年七月十四日取消したが、このような取消はもとより法律上何等の効果を生じない。

なお、被告佐野米蔵は別紙目録三記載の建物につき津地方法務局一身田出張所備付の家屋台帳に追加請求の趣旨第二項記載のごとき登録を受けているが、右登録事項のうち地番及び建物の明細、坪数は右目録の記載が真実に符合するにもかかわらず、如何なる理由か、故らにこれと異る登録がしてあることが判明したから、同被告はこれが更正手続をなし、且つ右建物は未登記であるからその保存登記をなすべき義務がある。

本件買収売渡に関する争訟の経過は被告三重県知事主張のとおりであるが、被告佐野米蔵が提起した訴願却下裁決無効確認の訴において、当該訴訟の被告三重県農業委員会がなした請求の認諾が仮りに有効であるとしても、その効果は訴願却下の裁決が無効であることが確定したに止まり、前記買収売渡処分が失効したわけではない。従つて別紙目録記載の物件が原告の所有であることは何等変りがない。

よつて原告は被告等に対し別紙目録記載の物件が原告の所有であることの確認と、右所有権に基き請求の趣旨表示の登記、登録手続の履行とを求め、且つ被告三重県知事に対し行政訴訟として右買収令書及び売渡通知書の更正を求めるため本訴請求に及んだ。

なお、三重県農業委員会は、右訴願却下裁決無効確認訴訟において被告佐野米蔵の請求を認諾した後、何等新な裁決はしていない、と述べた。

(立証省略)

被告三重県知事訴訟代理人は、本案前の主張として原告の被告三重県知事に対する所有権確認及び登記手続請求の訴は同被告が当事者適格を欠くを以つて不適法であると述べ、本案につき原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、訴外河芸郡栗真村農地委員会(現在津市栗真農業委員会)が昭和二十四年二月十五日自作農創設特別措置法第十五条に則り被告佐野米蔵所有にかかる河芸郡栗真村大字小川(現在津市栗真小川)字西浦千五百五十九番宅地七十坪及び同地上建物三棟建坪十五坪六合(別紙目録記載の物件と異る)に対する買収計画及びこれを原告に売渡す旨の売渡計画をたて三重県農地委員会がこれ等の計画を承認し、被告三重県知事が昭和二十四年七月二日右土地及び建物に対し買収令書並びに売渡通知書を発行しこれを被告佐野米蔵及び原告に交付したことがある。

被告佐野米蔵は右買収計画に対し昭和二十四年二月異議の申立をなしたが、栗真村農地委員会はこれを却下した。よつて同被告は更に三重県農地委員会に訴願したが同委員会も昭和二十四年六月三日右訴願を却下する旨の裁決をした。その後同被告が三重県農業委員会に対し、再審議の申立をした結果、同委員会は昭和二十六年七月十四日右訴願却下の裁決を取消す旨の裁決をなしたが、これに対し原告より右訴願却下裁決取消の裁決を取消す旨の訴訟を津地方裁判所に提起した結果、同裁判所は原告の請求を認容して右訴願却下裁決取消の裁決を取消す旨の判決を為し該判決は確定した。そこで被告佐野米蔵は更に昭和二十六年十月二日津地方裁判所に対し前記昭和二十四年六月三日附の訴願却下裁決が当然無効なることを理由として右裁決の無効確認の訴を提起したところ、第一審では同被告の敗訴となつたが、同訴訟が名古屋高等裁判所の控訴審に係属中、同訴訟の被告であつた三重県農業委員会は昭和二十七年九月三十日被告佐野米蔵の請求を認諾したので、ここに右訴願却下裁決は当然無効なることが確定した。因に三重県農業委員会が右請求の認諾をなしたのは、被告佐野米蔵が主張するように、本件買収令書には買収物件の表示として、栗真村大字小川西浦一五五九番七十坪、同番家屋三棟十五坪六合と表示されているが、同番宅地は総坪数九十九坪であつて、その内七十坪がいずれの部分に該当するか明白でないし、又原告が使用する宅地は真実は同所千五百五十九番宅地九十九坪と同所千五百八十二番の一宅地百五十一坪の二筆に跨つており、更に原告が使用する建物も床面積十九坪であつて右二筆の宅地に跨つて存在しているので、結局買収令書において買収物件が特定しないことになり、右買収令書は当然無効ということになるが、これはその基礎になつた栗真村農地委員会の買収、売渡計画に同様の瑕疵があつたことに基くものであるから、右買収、売渡計画も同様に無効であると認め、従つて被告佐野米蔵のなした前記訴願は理由があることになるから、これを却下した三重県農地委員会の前記訴願却下の裁決は当然無効であると認めたからである。

以上のように右買収、売渡計画及びこれに基く三重県知事の買収売渡処分は重大且つ明白な瑕疵があつて当然無効であるから、原告主張の別紙目録記載の物件が原告の所有に帰したものということはできない。よつて原告の本訴請求は失当である。なお、三重県農業委員会は、前記訴願却下裁決無効確認訴訟において被告佐野米蔵の請求を認諾した後何等新な裁決はしていない。と述べた。

(立証省略)

被告佐野米蔵訴訟代理人は、本案前の申立として、原告の訴の変更を許さざる旨の決定を求め、本案につき原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張のごとく河芸郡栗真村大字小川字西浦千五百五十九番宅地七十坪及び右地上建物三棟建坪十五坪六合に対し買収並びに売渡処分がなされたことは認めるが、右処分は次の理由によつて当然無効である。即ち、買収処分が有効であるためには買収令書に買収の目的たる物件が特定されていなければならない。然るに政府が被告佐野米蔵に交付した買収令書には買収物件として「栗真村大字小川、西浦一五五九番、七十坪、栗真村大字小川、西浦一五五九番、家屋三棟、十五坪六合」と記載されてあるが、宅地につき不動産登記簿に徴するに、栗真村大字小川、一五五九番は畑三畝九歩となつており、右の畑三畝九歩は、昭和二十三年六月地目変換によつて宅地九十九坪と土地台帳に記載せられているのだから一五五九番の宅地は九十九坪であつて一五五九番七十坪という宅地はない、かりに一五五九番宅地九十九坪のうち七十坪であるとしても、この七十坪が一五五九番九十九坪中のいずれの部分であるかは買収令書上では全然不明なのであるから、買収の目的たる宅地は買収令書では特定されていないといわなければならない。しかも実際においては、右の七十坪は、一五五九番宅地九十九坪と一五八二番の一宅地百五十一坪との二筆に跨つての七十坪なのであるからその不特定さは特に顕著である。また建物について見るに、本件建物は保存登記されていないから、不動産登記簿において徴することはできないが、家屋台帳によれば「栗真村大字小川一五八二番の一床面積十九坪」であつて買収令書の「一五五九番家屋三棟十五坪六合」とは異つており、公簿上では一五五九番地上に建物はないことになつている。しかも実際上は、宅地におけると同じく一五五九番と一五八二番の一との二筆に跨つて三棟の建物が建てられているのであるから、これまた、買収令書では買収の目的たる建物が特定されていないといわなければならない。

かように、本件買収令書には買収目的物件が特定されていないから右買収処分は当然無効であり、従つて被告佐野米蔵は別紙目録記載の物件に対する所有権を失つておらず又原告もその所有権を取得するに由がない。よつて原告の本訴請求は失当である。

なお本件買収売渡処分に関し原告主張のごとき(その詳細は被告三重県知事主張のとおり)争訟があり、最後に本件買収売渡処分が当然無効であるにかかわらず、これを有効と認めて被告佐野米蔵の訴願を却下した裁決に対する無効確認訴訟において、当該訴訟の被告三重県農業委員会が被告佐野米蔵の請求を認諾して事件が落着したことは認める。尚その後右委員会は被告佐野米蔵の訴願に対して何等新な裁決はしていない。と述べた。

(立証省略)

理由

先ず原告の被告三重県知事に対する請求について判断する。

原告は被告三重県知事に対し別紙目録記載の物件に対する所有権確認及び登記手続を請求しているが、右請求は私法上の権利に関するものであるから行政事件訴訟特例法第三条の適用はなく、従つてその当事者能力は民事訴訟法の規定によつて決すべきものであるところ、被告三重県知事は国の行政機関であつて私法上の権利義務の主体ではない。従つて右請求については同被告は民事訴訟法上当事者能力を有しないから、これに対する訴は不適法として却下すべきものとする。

次に原告は被告三重県知事のなした買収令書及び売渡通知書の更正を求めるというのであるが、この請求が行政官庁に対して行政処分をなすべきことの給付を求める訴であるとするならば、現行法上行政官庁に対して行政処分を為すべきことを命ずる給付の判決はなすことを得ないと解せられているので、かかる判決を求める訴は不適法として却下を免れないし、又仮りに右請求が買収及び売渡処分の変更を求める抗告訴訟であるとするならば、原告は自作農創設特別措置法第四十七条の二所定の期間内に本訴を提起していないからやはり不適法として却下を免れない。

次に被告佐野米蔵に対する原告の請求について案ずる。

先ず原告のなした訴の変更の適否について判断するに、原告の同被告に対する当初の請求は別紙目録記載の物件に対する所有権の確認であり、後に拡張された請求は右所有権に基く物権的請求権としての登記登録手続請求と解せられるので、前訴と後訴とはその請求の基礎を同じくしており、又物権的請求権の存否は、基本たる所有権の存否が確認せられた後は容易に判断し得る事項であるから、右請求の拡張によつて著しく訴訟手続を遅滞せしむるものとも思われない。よつて右訴の変更は適法としてこれを許可すべきものとする。

被告佐野米蔵に対する原告の別紙目録記載の物件に対する所有権確認の請求について案ずるに、三重県河芸郡栗真村農地委員会(現在津市栗真農業委員会)が昭和二十四年二月十五日、河芸郡栗真村大字小川(現在津市栗真小川)字西浦千五百五十九番宅地七十坪及び同番地上の建物三棟建坪十五坪六合を被告佐野米蔵より買収し、これを原告に売渡す旨の買収売渡計画を樹立し、三重県農地委員会はこれを承認し、この承認に基き三重県知事が昭和二十四年七月二日買収令書及び売渡通知書を各当事者に交付したこと、右買収計画に対し被告佐野米蔵が昭和二十四年二月栗真村農地委員会に異議の申立をなしたところこれが却下せられ、同被告は更に三重県農地委員会に訴願したけれども同委員会も昭和二十四年六月三日右訴願を却下する旨の裁決をなしたこと、同被告は右訴願却下裁決は当然無効なることを理由として右裁決無効確認の訴を提起したところ、右訴訟事件の控訴審係属中、当該訴訟の被告三重県農業委員会は被告佐野米蔵の請求を認諾したので、前記訴願却下の裁決が無効なることが確定したことはいずれも本件当事者間に争いがない。(原告は右請求認諾の効力につき疑を持つようであるが、訴訟上請求の認諾がなされた以上、仮りにそれが訴訟法上違法であつたとしても、その請求認諾の調書が取消されない以上、右請求の認諾は有効であるといわなければならない)

然らば被告佐野米蔵のなした訴願は現在もなお三重県農業委員会に係属中であるというべく、従つて同委員会は速かに右訴願に対する裁決をなさなければならない。かように被告佐野米蔵のなした訴願が今尚右委員会に係属中にして、これに対する裁決が未だなされていない状態にある以上(この点については当事者間に争いがない)三重県農地委員会が曩になした買収売渡計画に対する承認は現在に至つて見れば結局訴願係属中になされたことになり自作農創設特別措置法第八条第十五条第三項第十八条第五項に違反すること明らかであり、しかもその瑕疵は重大且つ明白といい得るを以つて、右承認は当然無効であるというべく、従つて右無効な承認に基き三重県知事のなした前記買収及び売渡処分も現在に至つて見ればいずれも同法第九条第二十条に違反する結果となり、しかもその瑕疵は重大且つ明白といい得るを以つて、右処分も亦当然無効であるといわなければならない。かように右買収、売渡処分が当然無効である以上、原告は右売渡処分によつて別紙目録記載の物件に対して所有権を取得したものとはいい得ないから、原告が右物件に対して所有権を有することを前提とする本訴所有権確認及び登記登録手続請求はいずれも失当として棄却を免れない。

以上の理由により、被告佐野米蔵の前記買収、売渡処分が目的物件不特定の故を以つて実体上無効である旨の主張に対する判断はこれを省略し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用したうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 小久保義憲 米山義員)

(目録省略)

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